作品の価値について。

 

1ヵ月以上、一つの作品の蒔絵に取り組んでいます。去年くらいから蒔絵の研究と試作に取り掛かり、いろいろ考えているうちに、それらしいものを作るだけでは全然面白くないので、五十嵐のようなエッジの立った蒔絵はできないものかと考えたら、物凄く工定数が増え、1ヵ月を経ても半分くらい出来たかな?という感じです。1ヵ月といっても一日の作業時間は数分というときもあり、工程数が多いので製作期間が長いということですが、トータルではどれだけ時間を使っているかは分からず、もしかしたら実質はそれ程時間を掛けていないかも知れません。

デザインや素材の使い方とかで良さげに見えるものを作るのもアリだとは思うのですが、それが当然という段階に至ると、更なる要素として、「手間を掛けること」、「手間を掛けなければ出来ないもの」を作らないとダメだと思うようになりました。これは感覚的な問題ではなく、本質的に何を意味しているかというと「再現するのが難しい作品」ということで、もっと俗な言葉で言うと「真似するのが難しい作品」ということです。つまり、デザインや素材の使い方は、善悪は別にして、真似しようと思えば真似できるので、今後長い目で見れば価値が下がる可能性が高いと言えます。では、誰かがピカソそっくりな絵を描いたらピカソの絵の値段は下がるの?という反論もあるかも知れませんが、これは論点が違います。面倒なので説明はしません。

工芸品はいろんな価値の複合体なので、一側面から見てすべてを論じることは出来ませんが、類似品が出ることで価値が損なわれることは多いです。それは作品が「希少性」という価値を失うからです。ですから、最も価値が下がり難い工芸品は「手間を掛けて作られたもの」と言えると思います。なぜなら、模倣や真似により価値がが失われることがないからです。これには、手間が掛かっていたって真似されるのでは?という反論もあるかと思います。それはたしかにそうです。しかしながら、そもそも真似するような人には、大きな労を払ってまで真似するほど意思が強い人はいないので、現実問題、あまり考える必要がありません。

僕は作品と引き換えにお客様から小さくない金額のお金を頂戴しています。ですので、自分の作品の価値を上げることは当然として、下がらないような対策も考えていこうと思っています。

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