琳派の作品には鉛の板を使った漆芸作品がありますが、これってかなり「なるほど」的なことが詰まっています。その一つは、漆芸の表現の軸を「絵」から「質感」に転換させたことです。
本阿弥光悦は本当にいろいろやってますけど、一番やりたかったことは紙をベースにした表現で、紙の上での表現技法をどのように漆芸技法に置き換えるかを考えていたように思います。具体的には「たらしこみ」を「鉛」に対応させました。たしかに絵の印象を損なうことなく漆芸作品に変換しているなと感心します。そこで僕がさらに面白いなと思うのは、絵を構成する図形や色を単純化することで、表現の中に「質感の違い」という新しい軸が出現し、そこを勝負の土俵にしたことです。今では、絵の上手さや緻密さで勝負するという考え方に軸足を置いて制作している漆芸家は少ないと思いますので、作品の魅力は別として、琳派的考えが浸透していると言えますね。
でも、鉛ってイイカゲンに使うと、早いと10年くらいで白く粉を吹いたみたいになってボロボロと崩れてきます。明治くらいの作品でもそのようになっているものも結構あります。初めは鉛の純度の問題かと思っていたのですが、全然違っていて、実は無理に鉛板を曲げたので細かいクラックが入り、表面が酸化しやすくなってしまっているようです。鉛は簡単に曲がるけど、ちゃんとナマしながら曲げないとダメみたいですね。その点においても、光悦や光琳の作品はは完璧です。作った職人さんも優れた人だったのだと思います。