金沢のギャラリートネリコで開催中の個展に作品を追加しました。一つはバラをモティーフとした箱で、もう一つは百合の形の小箱です。今回の個展は力作が多いです。23日までやってます。是非、ご来場ください。
今回の作品の構想は随分前からありました。僕は明治期の七宝が好きで、いつか写実的な花をこんな風に…と思っていました。何とか満足のいく作品になりました。いつもながら材料費がハンパじゃなかったですが、作って良かったです。
僕は、何を作るか考える時間がとても好きです。実際につくる苦しさは考えず、ただ純粋に「こんな物があったらいいな」とか「こうしたら綺麗だろうな」とか考えるだけです。いつもあっという間に時間が過ぎていきます。そしていつも「これが人生最後の作品だったら、何をつくるだろう」と考えます。これはただの想定に過ぎませんが、現実として考えても格別に大げさなこととは思っていません。自分に関しては、健康や経済的理由など、いつ本当にそうなっても不思議はありませんから。 人はこれが最後と知っていれば迷うことなく全力を出すことが出来ますが、どれが人生最後の作品になるかを制作する前の段階で知ることはなかなか出来ません。なぜなら、結果的にこれが最後の作品になったというのではなく、ある時点で自主的に制作をやめる以外ないからです。多くの人はそのようなことをせず、老いとともに徐々に制作が尻つぼみになり、やがていつの間にか作らなくなっていくのだと思います。幸運にも年を取るまで続けることが出来て、結局は自分もそのようになるかも知れません。でも僕はいつもこれが最後かもしれないと思うようにしています。後悔したくないとか、そういうセンチメンタルな理由ではありません。良い作品を作るためです。人生の最後なら、打算や虚栄心も自然に無くなって、自分が本当に良いと思えるものを心に描くことが出来ます。尤も、もともとが人生を楽観的に捉えることが出来ない性分なので、自然にそうなっていったのかも知れません。
作品をつくるのは苦しいので、いつも何も考えないようにしています。何も考えなくても良いように、あらかじめ他の用事を済ませたり、材料や道具も考えられる範囲でなるべく用意しておきます。朝起きて仕事をして寝る。可能な限りそれだけの生活にしようと努めます。制作途中に技法や素材を考え直したりすることはありません。それだけ計画は綿密です。あとは体を動かして、完成するまで時間が経って行くのを待ちます。 しかし、何も考えないための努力が必要なことって、人間にとって良いことなのでしょうか。僕には分かりませんが、そのような能力が身についたことが、漆芸品の制作者として大きなアドバンテージであることは間違いありません。
今回もちゃんと時間は過ぎて行ってくれました。気付いたら作品が目の前にありました。それを無事にギャラリーに届けることができて安堵しています。
今日はこれから子供たちとクリスマスツリーの飾り付けをやりたいと思っています。一緒に工作をしていると、「パパ、作るの上手だね!」と子供から褒められます。とても楽しいです。