富山杣田について。

 

手元に、どうやら富山杣田の真作らしいものがあります。全部で3点です。京都から移住直後のもの、甲面が螺鈿で側面が金唐皮塗りの香合、材料がアワビに切り替わった後のおそらく江戸末期のもの、とバリエーションに富んでいます。富山杣田が同時代の螺鈿工芸品と比較して技術的に最高に優れているとはいえませんが、間違いなく藩政時代の富山においては最高品質のプロダクトであることは間違いありません。杣田家は民間人ではありません。武士階級を与えられた今で言う公務員です。したがって藩の命令で作っていたので、作れる限り、売れる限り大量に作っていたということはなく、また俸禄もそれ程多いわけでもなく、おそらく製作のため人を雇うこともなかったと思います。もちろん、僕の勝手な想像も含みますが。工房の規模などについては、藩の財政や武士階級の家系に関する記録が残っているので、面倒ですが調べたらわりと簡単に分かると推察します。でも僕はそういうのには全然興味がありませんので調べません。作品の質の向上に関係ないからです。

興味があるのは技術的な面です。一子相伝で200年くらい受け継いできた技術なので、伝承自体が非常に線が細く、また揺らぎが大きいので、そこを考察すると作り手の思考を読み解くことが出来ます。多くの人数で一つの作品をつくる場合は単純な方法で仕事を大量に積み上げることで価値を上げていくことが多いですが、個人でやる場合は高度な技術を駆使することで作品の価値を上げていく方法を選びます。つまり富山杣田の場合、鑑賞者は、なぜそのような方法を取ったのか?という追求の仕方で、その意味を解読しやすいのです。意味はすなわち原理なので、応用が可能です。そのように富山杣田は考えるきっかけを多く提供してくれます。

考えた内容は、なるべく記録しておきたいと思っています。

 

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