囲碁などから考えること。

 

囲碁AIの打ち手はモンテカルロ法という方法で選択されているそうです。僕もちゃんとは理解していませんが、どうやら、その都度勝つ確率の高い手を選ぶという手法で、打ち手の前後の関連性を考えていないそうです。とても面白いと思います。
人間は“読み”を省略するために、数手先までの物語を描いてから打ち手を決めます。工芸も全く同じで、僕も昔はその傾向が顕著で、完全な完成予想図を作ってからその通りに寸分変わらないものを作る手法を取っていました。しかし最近は大作が多く、完成までを想定してしまうと、途中で自分の間違えに気付いても、それを上手く修正できないことがあります。つまり長い道のりのルートを決めすぎても、現実はその通りに行かないので、その時々で考えた方が良く、一貫性を考慮しなくても、その時々で間違いのない選択をし続ければ、良い結果は得られるということです。
ここで考えないといけないことは、別に計画性や一貫性がなくても良いのですが、兎に角、“間違えない”ということが大事だということです。“間違い”という言葉の定義は“選択した手段の延長上に正解がない”ということで、“それがズバリ唯一の正解”というわけではありません。つまり“常に正解を含んだ選択をする”ことで、“間違いをふるい落としてゆく”という感じでしょうか。
例えば正解率99%の選択は、世間では「当たり前でしょ!」と言われてしまうかもしれませんが、1万回繰り返したら、すべて正解する確率はほとんど0になります。つまり当たり前のことでも非常に正確に繰り返すことにより、かなりのレベルの作品が出来るということです。正解率50%くらいの選択をすれば判断回数は少ないので、考える時間の総計も少ないはずですが、一度の失敗で大きく価値を損ねてしまう世界では通用しません。まして僕が取り組んでいる漆工芸は細かく分ければ数百工程はあるので、この考え方が活きてきます。

そればかりではないのが人生ですが、この歳になっても、様々な考え方に触れるのは楽しいです。

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