色について。

 

ここ数日は色彩工学の本を中心に読書をしていました。今取り組んでいる加飾に必要だからです。現在も進行形で色空間は微調整されていて、人間の生理機能と物理的性質を上手く調和させるのは難しいなと思います。色空間の発展の歴史について思うのは、非常に素晴らしい工夫がなされているなということです。あと面白いのが、単色光では存在しない色があるということです。例えば、可視光の中には“黄色”を感じる波長がありますが、“赤”と“緑”の波長を合成した光線が出す色とは、人間の目には区別がつきません。同じ錐体細胞が刺激されるからです。直感的には、このようにすべての単色光と合成できるすべての色は対応していそうに思えますが、そうではありません。しかし良く考えれば、合成することでしか現れない色があっても、またその逆(加法混合のみでは表現できない色)があっても不思議はないのですが、何となく違和感も感じます。というのは光の干渉により発色する貝にはすべての色相が存在するからです。干渉によりある波長が相対的に増幅されるとその色相が現れるので、それは単一波長による発色と言えるのではないかと考えられます。その色味は最も波長の短い青紫から最も波長の長いエンジみたいな色を結ぶ紫系統の色です。その色が存在します。つまり単一波長で発色している貝で色相環を描くことが出来るというとても不思議なことが起きています。
これがなぜなのか考えて、一つの仮説に到達しました。赤系の色の波長とちょうどその半分の波長の青系の色が干渉により同時に増幅されているのではないかという説です。例えば貝殻の主成分であるアラゴナイトの積層ピッチが760nmあたりの可視光を増幅させる値であれば、その波長の1/2である380nm付近の波長も増幅されるはず、という感じで。可視光の波長域ではこのような関係を取りうるのは最大波長域と最少波長域の極狭い範囲なので、例外的なことで、ある意味感動的なことのようにも思います。
もちろん本を読みながらいい加減に考えただけなので、多分間違っていますが、とりあえず“色”というものを考えるきっかけにはなりました。もう少し勉強しないといけません。あと、本を読むのに、むしろ数学的な理解をする方に多くの時間を費やしたので、そのあたりも自分が怠っている証拠でしょう。
いつかはダイヤモンドの世界の4Cのように、貝材料の世界の品質評価のための統一理論を構築し、規格化できれば良いと思っています。しかしながら、たとえそれが出来ても良い作品をつくることには直接結びつかないので、あまり意味はありませんが。まぁ、言ったら趣味ですね。

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