人の「能力」に対する評価基準として、一般的には、ある問題に対して正確に早く答えを出せることを重視します。そしてその問題には既に答えがある場合が多いです。これは当然のことで、評価に客観性を持たせるために、答えをあらかじめ用意しておく必要があるからです。これを突き詰めたのが所謂「受験」であり、その成果が「学歴」です。ある程度の頭脳や努力が無ければ受験の勝者にはなれないので、「学歴」も人の能力を計る大まかな基準にはなるかもしれません。
しかし、最近も思うのは、人の能力で最も重要な能力は「何を問題とするか」とか、「今、何が問題なのか」とかを発見する能力ではないか?ということです。人は答えがあることに関しては安心して取り組めますが、答えがないかもしれないことに関しては取り組もうとしないことが多いです。学校で習うことは、出来るか出来ないかしか問われないので、その問題の価値を考えることもせず、ただひたすらに解き続けるだけでも困ることはありません。でもそれは学校の中だけで、現実の社会では答えがすでにある問題を解いても人から称賛されることはありません。学校では、問題を発見する能力が問われることはほぼありませんが、採点が不可能なだけで、本当は非常に重要な能力です。
もう少し正確に言うと、「現時点において答えは発見されていないが、答えが出せる可能性が高く、しかもその答えが非常に高い価値を持っている問題を探す能力」ということになります。この能力は非常に重要です。なぜなら、芸術においてはまさにこれがオリジナリティーだからです。他人が何をやっているかが、常に気になってしまう人が多いです。そういう人はこの「問題発見能力」が低く、さらに言えば、そういう人の作品にはオリジナリティーがなく、他人のマネが多いです。
僕は漆工芸の世界で、この「問題発見能力」を持った人に出会ったことはありません。しかし、漆以外の世界では、そのような人によく出会います。そのような人との関りは自分にとってとても楽しく、価値のあることです。
僕は「才能」という言葉を使うのはあまり好きではありませんが、もし使うなら、この「問題発見能力」の有無に対して使いたいと思います。