昨日は、夕食を食べてから上塗りをしました。小さな作品ですが、絶対に失敗は許されないリスクの高い塗りです。作品制作を通して最後の難所と言えるかもしれません。今回の上塗りは、平文を貼った面を塗り一回分地下げし、そこに塗りを入れるのですが、薄過ぎても厚過ぎてもいけません。また漆の硬化速度も完全にコントロールしないといけないので、漆が硬化しきるまで監視していないといけません。普段は上塗りは朝にして、環境が安定している日中に乾燥させるのですが、最近は生活が不規則で、上手く時間が調整できなかったので、夜子供が寝静まってからやることにしました。夜は室温が下がり、作品自体や漆の温度も下がるので、部屋の暖房をつけ、とにかく温度が下がらないようにしながらずっと朝まで見守っていました。先ほど漆の乾き具合を見てきましたが、我ながら完璧でした。刷毛目もゴミも一つもない清々しい塗りで、研いで磨いてしまうのがもったいないくらいです。
漆を始めてから5年目くらい、蒔絵や螺鈿を本格的にやるようになって、飛躍的に塗りが上達しました。塗りは職人が勘でやるものではありません。科学実験のようなもので、準備や環境作りが非常に大切です。漆の硬さや乾燥速度の調整、部屋の温度湿度、漆液の温度、塗られる方の作品の温度、風呂の温度と湿度、道具の調整、そして当たり前ですが塗りの技術です。また、蒔絵や螺鈿の塗り込みは、蒔絵粉の大きさや貝や平文の厚さによってその都度違います。これだけの要因を勘で処理することは出来ません。逆に勘に頼らずに済むようにしなければなりません。ただの塗りなら、失敗した時は研いで塗り直せば済みますが、蒔絵や螺鈿の塗り込みの失敗は致命傷になりますから。
ということで今日は徹夜で漆の乾き待ちをしながら、合金(金属間化合物)について考えていました。次の作品に必要だからです。ここ何年かAu-Cu‐Pd合金を数種類作って作品に取り入れたりしてきたのですが、硬すぎて扱いに困っていました。そこでPdを使わず、Au-Cuの成分比率だけで最適な合金を作れないかと考えるようになりました。AuとCuは原子量以外は非常に似たような性質を持っているので、任意の比率で合金が出来るのですが、偶然にも原子量が3:1という比率にかなり近似しています。すなわち、AuのK18合金のときにほぼ原子数が等しくなり、結晶を作る時にAuとCu原子が規則的に配列し易くなり、硬度が高くなります。全然専門ではないのですが、理由を僕なりに考えてみると、結晶構造が面心立方格子だからではないかと考えています。面心立方の原子の配置は正三角形が敷き詰まったレイヤーと正六角形が敷き詰まったレイヤーが一層置きに繰り返す構造になっています。このようなパターンに2種類の原子を規則的にならべると両レイヤーとも1:0もしくは1:1にするのは簡単ですが、それ以外の比率にしようとすると途端に配列の対称性が失われることに気が付きます。つまり、両レイヤーが1:0もしくは1:1の比率のどちらかしか取りにくいのだとすれば、全体の比率は1:1、1:3、3:1のどれかにしかならないと言えます。なので、AuとCuが1:3或いは3:1のときも規則的に配列しやすくなるのではないかと考えています。もちろん他の比率でも規則的に配列することはあると思いますが、ざっと考えた感じではそんなところではないかと思っています。規則的な配列はすなわち硬度が高くなることを意味するので、意図的にこの比率を外せば良いという結論に達しました。
そのようなことを考えながら、将棋界を題材にした書籍「純粋なるもの」と「師弟」を読み終えました。どちらもとても面白い内容でしたが、特に「純粋なるもの」の著者である将棋棋士の文才と深い考察は、称賛に値するものと思います。自分にもこのような才能があればもっと工芸の魅力を伝えることが出来るのになと思いました。
昨日から今朝にかけて。
2018年11月1日