ここ数日は来客が多く、慌ただしい感じがありましたが、少し落ち着いてきました。12月になれば雪も降りだし、しばらくは家で黙々と作業をする日々が続きそうです。
まだ11月ですが、もう今年中に仕上がる作品はないので、何となく一年を振り返る気分になっています。今年は良い作品を作ることが出来た年だったように思います。自分の作風が漆芸の歴史の前例からかなり離れてきているので、自分の作品の価値に対する不安もありましたが、今はそのように感じることはありません。漆や素材のポテンシャルを注意深く抽き出すようにすれば、間違いを犯すことはないと確信しています。
工芸分野においては、歴史上に前例がないと思われるようなことも、大抵すでに誰かがやって淘汰を受けて消滅したケースが多いです。つまり価値の低いものは、同類のものを自然に作らなくなったり、捨てられたりしてこの世から無くなるので、ちょっと調べたくらいでは存在していた痕跡すら見つかりません。故に自分が最初だと思い込むことが多いのです。僕は楽観的に考える習慣がない人間なので、自分もその轍を踏んでしまっているのではないかと考えたりもしましたが、良く考えたら過去の作り手で自分と同じ環境に身を置いた人はいないので、自分のアドバンテージを活かしきれば、過去の人より良いものが出来るに決まっています。もちろん、「活かしきれば」という仮定のもとに言っているだけですが。
僕も含めて現代人のほとんどは、効率で手段を選ぶよう習慣づけられているので、どんな分野も平均的に底上げされているようには思います。それはそれで非常に賢明なのですが、最高到達点しか競わない漆工芸のような分野では、そのような賢明さが命取りになります。漆工芸の分野は例外的にその考え方を捨てる必要があるのです。一見効率が悪く見えても、その方法が最善且つ唯一の方法である場合があるからです。
レールの敷かれた教育は実に民主的だと思います。小学校から大学まで簡単なテストばかりで、どれも100点が満点のテストばかりです。決められた範囲を一生懸命勉強擦れば、誰でも100点を取れるようになっています。テストでは100点以上の能力を問われることはありません。
僕は小さい頃から異常なほど勉強嫌いでした。一生懸命やっても差が顕在化しないからです。勉強が苦手というわけではありませんでしたが、体育や美術の方が好きでした。体育や美術はどこまでやっても「ここで終わり」ということがないので、自分の性格に合っていました。
やるべきことや、そのやり方を、自分で考えて決めるのが好きです。いつも人と違いますが、気にしていません。結果ベースで考えるようにしています。結果に謙虚であれば、おのずと正しい選択をするようになると考えています。