筑波大学の季刊広報誌「ツクコム」のOBの記事に取り上げて頂きました。関係者の方々に深く御礼申し上げます。和巧絶佳展に絡み、筑波大学時代の先生からもお祝いのメッセージを頂きました。真面目な学生ではなく、正直、講義にもまともに出席していなかった僕に、年にたった4人しか紹介されないOBとしてツクコムに取り上げていただく資格があるのかは未だに分かりません。僕の同級生だけを見ても才能が豊かだった人は沢山いますし、何より僕はただの漆塗りですから。
僕は漆の道に行くのに随分遠回りしました。高校も進学校で、受験勉強も人並みにしたし、同時に美大受験のための勉強もしました。美大のデザイン科(武蔵野美術大学)と筑波大学に合格しましたが、筑波大学を選びました。難易度から言えばはるかに武蔵野美術大学の方が高いですが、学歴という肩書きから、小さい頃から勉強してきた痕跡が無くなるのが怖かったからです。進学先として選んだ理由は、美術系でもっとも偏差値が高いのが筑波大学だったというだけです。今思うと学歴が目当ての進学なら、ましてや卒業してから漆工芸の道に行くなら、美術系ではなく普通に偏差値の高い大学に行けば良かったのですが、中途半端な打算ばかりの僕には人生を計画的に考える能力がありませんでした。
断っておきますが、筑波大学は素晴らしい大学でした。当時の教授陣を見ると錚々たる面々です。ただ僕は大学時代、正直いうと何の希望も持てず過ごしました。何度も中退しようと思いました。純粋な人間でした。勉強への意欲がないのであれば、大学を辞めるべきと本気で思っていたからです。大学は勉強をするべきところである。もっともな話です。ただ、何故大学にいくのですか?という問いに心からそう答えられる人はいるでしょうか。当然ながら、大多数の人にとって、少しでも高いステイタスを得るための手段に過ぎませんよね。
僕の父親は母子家庭で大学に行くのも苦労しました。親の思いもあったのだと思います。兄は東大の博士、弟は東京外語大の修士を出ています。小さい頃からある程度の上昇志向を植え付けられてきたのだと思います。僕にとっての大学時代は、自分の好きなことをするために社会のレールから外れることを受け入れる時間だったと思います。今思い出すと辛い思い出ばかりです。漆工芸家を勝手に落ちこぼれと思い込み、親にも申し訳ないと自責の念にもかられました。ただ不思議と嫌な思い出ではありません。とても懐かしく、思い出せば出すほど、昔の不器用な自分に対して他人に対して抱くような愛情のような感情が湧いてきます。
それぞれの人にそれぞれの大学時代があると思います。自分にとっては、悩み、迷い、決断する時代でした。25年ほど筑波大に行っていません。機会があったらもう一度思い出の地に行ってみたいと思います。 以上、ツクコムの記事の補足です。