囲碁、将棋などに関して。

 

僕は将棋とか囲碁が好きなので、よくニコ動とかを観ます。大学のときすごく暇だったので、よく図書館で新聞を読みました。当時はとにかく文字中毒だったので、毎日、新聞のスミからスミまで読むのが習慣化しており、それで来る日も来る日も新聞の観戦記を読んでいたら、その勝負にまつわる人間味に魅了され、興味を持ったのがきっかけです。だから実戦はほとんどやったことはありません。とても珍しい種類の愛好者だと思います。観戦記は昔は川端康成や坂口安吾も書いていたくらいで文学に近いものなのかも知れません。そういえば僕は川端はあまり好きではありませんが、本因坊秀哉の引退碁を題材とした小説「名人」は淡々としていながらも味わい深いとても良い作品だと思います。

最近、将棋はコンピュータプログラムが人間より強くなったようです。囲碁も近い将来同じ道を辿ることは想像に難くありません。定石の丸暗記やヨミはもともとコンピュータが得意の分野ですが、形勢判断まで人間以上に出来るプログラムが現れたことは、驚きに値します。なぜなら、囲碁や将棋における形勢判断は、つまり優劣の判断は非常に複雑で、工芸の世界の「美しさ」の判断とも遠からずという気がするからです。違うのは、囲碁、将棋はその判断の正誤が「勝敗」として必ず明らかになる点です。「美しさ」というのは人間の生理機能に関係しているので、今のところ「人によって違う」とか「そういうのもあり」みたいな、ボヤっとした言い方を許容せざる得ないことです。
そのように、美術は人間の聖域としておきたいところではありますが、人はあらゆる手段を用いて、すべてを明らかにしたがります。故に、どのようになるかは分かりませんが、いつかは工芸美術もそのあり方を変えざる得ない時が来るかも知れません。

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