昨年はあまりにも過酷な年末だったので、年明けから若干仕事恐怖症気味になっていました。そんなの大人になってもあるのが情けない気もしますが、若いころは感じなかった肉体的な辛さは堪えます。少しずつ慣らしていって、やっと平常に戻りました。
あまりやる気が出ないときに無理にやると失敗するので、そんなときは気になっていたことを検証したりすることにしています。ここ数日は研ぎ炭について少し考えました。以前に高野松山氏のインタビューが掲載されている昭和30年代の本を読んでいたら、「良い椿炭を焼く職人がいない」という内容が載っていました。私の手元には40年以上前の椿炭はあるのですが、確実に昭和30年代以前のものとは言えませんので、それが高野氏がいう「良い椿炭」なのかはわかりません。しかし椿炭はある用途において絶大な力を発揮するのは知識や経験から知っているので、手持ちの椿炭からベストなものをチョイスしてその傾向を掴めば、自分で炭を焼いたりできるのではないかという、極当たり前の考えにいたりました。たとえば僕が代々漆工芸を生業としている家に生まれたとしたら、そのようなことに困ることはなかったし、当たり前のように親から与えられたりするのかも知れませんが、あいにく僕は「初代、橋本千毅」なので自分で考えるより仕方ありません。考えた暁に得られたものは、それが一体何なのかという本質に対する理解を含んでいるので、ただ何も考えずにそれを手にするのとは訳が違います。それに炭を焼くのは秘伝の方法があるみたいなことを言う人がいますが、要は温度と酸素量の経時変化とか窯の中にどう入れて温度ムラを無くすかというくらいしかなく、やればできるのでは?というのが僕の考えです。その前の段階として評価基準を確立したいというのが現段階です。
という考えの下、手持ちの炭を細かく分類したり、世の中の研磨材や道具をいろいろ試しました。いろいろといってもあらかじめ用意したサンプルを研いでみただけですが。すると意外なことに手持ちの椿炭より良い代用品が見つかりました。あまりにもあっさり見つかったので拍子抜けした感がありますが、それが高野氏の言っていた「良い椿炭」と比較してどうなのかは不明です。不明ですが、一応かなり事足りた状況になったので、しばらくはこれ以上の追求が必要もなくなりました。
ということで、今日から本格的にカムバックしました。